児童虐待、DV環境から、安全安心の生活を。 | 一般社団法人メッター

京都市内在住19歳女性

 

初めまして

 私は京都市内在住の19歳で、国公立大学に通う2回生です。母親が「境界性パーソナリティー障害」、いわゆる「ボーダー」で、長女である私は幼少より虐待を受けて育ちました。身体的な暴力と精神的な暴力が19歳になるまで続きました。

 現在私は一人暮らしをしていますが、その支援を一般財団法人メッターさんにして頂いています。一般的な学生生活を送りながら、一から一人暮らしを始め、生活の全てを自分のアルバイト代で賄うのは不可能です。メッターさんの呼びかけで、全国から家電や日用品を送っていただき、現在ようやくまともな生活を営めています。それでも家賃や水道、光熱費、ガス代を払い続けるのは、学生生活を送りながらでは難しいです。アルバイトもしていますが、現在奨学金を申請しています。

うちの家はおかしい

私が自分の家のおかしさに気付いたのは高校2年生の終わりごろです。高校生になってPTSDの症状(不眠・慢性的な体調不良・漠然とした不安・気分の乱高下)が強く出始め、あまりにもおかしいと思って資料やインターネットで調べ、ようやくおかしさに気づけたのです。それでも母親がおかしいと気付いたのは高校3年生の12月。そこから母親に関しての家族相談のため精神科に通いました。理解のない父親を引きずって連れて行き、母親をどうしたら快方に向かわせられるのか、病院の先生と相談しました。病院の主張としては「病院は暴力行為がひどくなく、実害が見受けられない現段階では病院も警察も強制入院等の措置はとれない。話を聞く限り99.8%くらいの確率でお母様は境界性パーソナリティー障害だろうが、それも本人を診療してみて初めて確実な診断結果になる。だから、お母様を病院に連れてきてもらうしかない。」とのこと。私は何度も様々な方法で挑戦しましたが、母親は病院には行きません。彼女は自分の都合の良い精神科に、薬をもらうためだけに通います。

 そんな騒動の中、私は大学受験を迎え、勉強は一切できなかったものの、どうにか大学に入学することができました。運が良かったものと思います。そうして迎えた大学1回生の夏、私はとうとう母親を病院に通わせることを諦めました。「ボーダー」であるという現実を見ず、治療の意志がない母親に付き合うのはもうやめよう、自分の人生を大切にしようと思いました。妹が二人いて、その子たちのことが心配でしたが、とりあえず自分を守ることが大切と判断しました。

そして大学1回生の10月から彼氏の家に居候させてもらって、まず家族との距離をとりました。メールや電話、lineでの罵詈雑言、家族が私の大学の学園祭に乗り込んできたりと、12月頃までずっと家庭からのひき戻し行為が続きました。私自身も、はじめて親元を離れ、今までの価値観が崩壊する中でたくさん混乱し、人間関係にも苦しみました。しかし、2013年に入ってからの数か月でがむしゃらに働き、部屋を借りる頭金を準備、3月末から1人暮らしをしています。それでも部屋を借りて食べていくのが精いっぱい。家具・家電・日用品は全てメッターさんからの寄付か、知人からのもらい物です。

苦しい自立の道 私は運が良いだけ

私のように、精神障害の親の元に生まれて虐待を受けている人はたくさんいると思います。でも、家を出る手段がないから親との分離が出来ず、そのままずっと虐待されたままなのでしょう。

 私はとても運の良い、稀有なケースです。幸い理解のある彼氏がいて、また、Twitterを通してメッターの理事長である今城さんと知り合い、こうして支援が受けられなければ私は今もあの家にいたでしょう。もしくは大学を辞めていたでしょう。

 今でこそこうして文章にまとめることができますが、家庭に関するあらゆる騒動の渦中にいた頃は、落ち着いて考えたり整理して考えることはできませんでした。家を出ることもはっきり自覚して「家出する」と決めた訳ではなく、流れの中で結果的に家を出た感じです。私自身の、虐待の傷と闘いながら、家庭との交渉をしながら、自分の生活をたてることは、本当に本当に難しいことでした。

 実質的に苦しかったのは、未成年ゆえに求められる「親の承諾」でした。現在申請している奨学金も両親のサインと判子が必要でした。賃貸契約にも、クレジットカードを作るにも必要なのは「親の承諾」。また、家を出ると住所が無くなるので、住所欄を書くにも困り、郵送でされる通知は全て受け取れませんでした。バイト先ではごまかして働いていました。居候といっても、学生用のワンルームに住まわせてもらっていたので、本来なら契約違反です。だから隠れて住んでいました。住居の大切さを痛感しました。また、お金がなくて教科書が買えないときに、すべての先生に事情を説明するわけにもいかず、困ったりもしました。

精神的な苦しさもありました。学生生活を続けながら、バイトをして、体を壊すこともありました。上手くいかないもどかしさがありました。家庭からのひき戻し行為の続く間は、悪夢にうなされ、頭痛や吐き気が続き、精神的に混乱しました。環境がガラっと変わったせいか、急激な気分の変動もありました。周囲に理解してもらいたいけど、理解されない空しさがありました。混乱し、何が正しいかわからなくなりました。不安感、恐怖感、人への不信感、疲れ果てて、絶望的な気持ちになることもありました。生まれてきたことを後悔しました。一寸先は闇で、安定した生活など望めず、理解者もいない。それでも家を出たいと思って行動した私は無鉄砲です。私は、虐待を受けていても家を出られない人の気持ちがよくよくわかります。虐待を受ける・受けていただけでも大変なことなのです。自立への行動がとれない人がいるのも何ら不思議ではありません。

虐待から逃げる 逃がす

それでも、虐待を受けている人は家庭から離れるべきだと思います。まず加害者から離れないことには、自分自身の人生が始まりません。これは誰が何と言おうと私は断言します。更生や治療に意志のある加害者であっても、対応は専門家に任せて被害者は離れるべきと思います。それが、被害者本人にとって、また加害者にとっても良い方向に向かう第一歩です。

 そして、分離は早ければ早い方が良いです。目には見えない心の傷や、溜まっていくストレスは確実に人を弱らせ、虐待の被害者は精神的な疾患を患います。できるだけ早く加害者から分離し、心の傷のケアをしなければ、その人はとても生きにくくなるでしょう。虐待の連鎖を断ち切るためにも、一刻も早く被害者は傷を治すべきです。

 私は19歳で分離しましたが、分離が遅すぎたなと思っています。

自立したいから学べない…?

そして私のような学生が家庭を離れるとき、学業を続けるか否かが問題となります。高校生までは行政の保護が入りますが、高校生以降の行政の保護はありません。高校生以降の年齢の被虐待者をケアする団体や施設もメッターさん以外ありません。

私も、大学を辞めて働けばいつでも自立できました。高校の進路選択時、進学か就職か迷いました。これ以上家にはいたくないが、今後の人生を考えると勉強はしたい。私は進学を選びました。私のような人生を歩む人がいなくなるような社会を作りたい、そのためには勉強しなければならないと思ったからです。

私の場合は幸い学費は両親が払います。これは屈辱的なことですが、やむなしと思って諦めました。でも、世の中には、学業を続けたくても、家から離れたら学校に通えない人もいるでしょう。家から離れるために大学を辞める人もいるでしょう。それはおかしいことです。

虐待家庭に生まれたから、学業を諦めざるを得ないというのはおかしな話です。生まれる場所は誰も選べない。生まれた場所が悪かっただけで、生きにくさを抱え、学業もできず、自分も虐待者になるなんて、悲しすぎませんか。不公平ではないですか。理不尽ではありませんか。社会として間違ってはいませんか。

一般社団法人メッター

現在日本には、18歳以降の被虐待者を支えるシステムがありません。18歳以降になったら就労できるから保護しなくても良いというスタンスなのでしょう。しかし、長く虐待を受けてきた人間は、虐待を受けていない人のように就労できない場合が多々あります。多かれ少なかれ精神的な疾患を持っている場合、その疾患の治療をなによりもまず急ぐべきです。被虐待者もきちんと治療すれば必ず恢復します。でも家庭から独立して治療を受け、生活するには住む場所とお金が必要で、そのお金は自分で稼がなければならない…?となるといつまで経っても落ち着いた生活はできません。学業なんて夢のまた夢です。

メッターさんはこの「社会の落とし穴」に着眼されました。虐待から逃げたい人のために住居を用意する。これは画期的なことだと思います。被虐待者に対する支援団体を私も方々探しましたが、今のところ一般社団法人メッター以外には見つかりません。この事業が成功し、全国に広がれば、私のような人間は自立しやすくなりますし、虐待の連鎖を断ち切る一助になります。一般社団法人メッターは、虐待を受ける者にチャンスを作ってくれています。メッターさんが現代の「駆け込み寺」としてこれから広く活動されていくことを強く強く望みます。

最後に

もう一度繰り返しますが、私のようなケースは稀です。過去19年間、私はいつ自殺してもおかしくない状況だったと思います。今思い出してもゾッとする環境に私は19年いました。そして今も私は苦しいです。生活への不安はまだあります。家賃や水道ガス光熱費食費…と考えるとクラクラします。酷い時期は抜けたとは思いますが、それでも気分が悪くなることもまだ多少あります。

「虐待家庭から苦労もありながら自立して学業も続けている’私’(この子)は偉い」という感想を持たないでください。なにかひとつ出来事が違えば、誰か何かひとつ違う言葉を発していたら、私は自立していないかもしれません。今ここに生きていないかもしれません。我々、被虐待者の苦しみは筆舌に尽くせないのです。今も虐待による混沌と苦しみの中で翻弄されている人がいます。虐待に対する知識を持ち、被虐待者を長期的に支援できる団体が増え、行政もこのような活動に力を注げば、昨今問題として注目されている「児童虐待」も確実に減るでしょう。

 虐待を受けている人に、私のような運の良さと過酷な努力を求めないでください。円満な家庭に育っても、虐待家庭に育っても、どんな人間でも意志を持って行動すれば自由に生きられる社会を作ることを目指したいです。